2016年の熊本地震を体験して

書くか書かないか迷ったけど、記録として残しておきたいと思って
熊本震災の話を書く事にしました。
自分の所はそれほど大きなダメージを受けた訳ではないですが
それでも大変だったのは違いないです。

■2016/04/14(木)21:26 前震

会社から丁度家に帰り着き、荷物を下ろしながら居間にたどり着いた瞬間
ドーン!と突然の揺れ。
見ている目の前で棚からグラスとか落ちまくる。
ただ、扉が完全に開いた訳ではなく中途半端な状態で開いて落ちていく。
幸いにも割れる事はなし。隣の棚のνガンダムも落ちてバラけるが修理可能な状態。
ただ、揺れてる間は何も出来ず「おおおおおおおーー」と叫ぶのみ…
なんか踏ん張って倒れないようにしてた。
(机の下に潜り込むとか全然出来ない…)

揺れがひとまず収まり、しばし呆然。嫁とチビは丁度お風呂に入っていて
出て来る所。慌てて着替える。
風呂の湯も大揺れして波が立っていたとの事。

実際何が起きたか訳わからんわ…という感じ。

そうしてるうちに チビもこれは変だと感じたらしく泣きだす。仕方無いね。
ひとまず落ち着かせてる間にライフラインを確認する。
電気もガスも水道もOK。お~これなら何とかなるか、と考える。
※この時点で一部断水したり場所によって既に色々あったらしい
その後、実家やら色々連絡する。
まだ会社に残っていた同僚も机の下に隠れた後屋外退去したりして
「本番」を体験していた。

一通りのことを終えたと思ったので床につく、が
眠ろうにも余震が結構な頻度で来る、しかも規模大きい…

2時間位しか連続で眠れなかった。

※画像はYahooの地震情報から抜粋しました。

■2016/04/15(金)朝~昼

朝イチで一応いつものように出社。途中特に目立っておかしい所なし。
コンビニ開いてる 。後から聞いたが昨晩はすごい混雑してたらしい。
(ある意味それは正しい判断だった)
ガソリンスタンドも多かったとの事。

出社してから状況確認やらお客さんからの連絡の対応。
結局昼過ぎまで色々対応して、もう今日は会社で出来る事はないから
いったん帰宅してもよいとなったがもう少しやり残した事があったので
ボチボチ対応してると、同僚が「自分の所は断水したらしい」と話してくれた。
非常に気になる…
なんだかんだで16:30頃帰宅。途中スーパーによって少し非常品等買い物する。
※この時もっと買っておけば、と後悔する(正に後悔先に立たず)

自宅到着。
蛇口ひねる→水出ない… やられた…orz
お隣さんに状況聞くと、14時ごろ断水したとの事。やっぱりか…失敗した。

ただし、念のため昨日の風呂の水は捨てずにそのままとっておいた。ナイス判断。
その日は風呂は入らず夕飯を取る。
水が使えないのでラップを皿に引いて洗い物発生させないよう、と考えたが
ラップは電子レンジ対応十分でなく溶けやがる…勉強不足。

その後、そういや太陽光発電(エコキュート200L)で沸かすお湯があるから
お湯に切り替えて水出してみよう、と思って蛇口捻ったが
押し出す元の水圧がないとお湯出ない仕組みの模様。
知らんかった…
まあ、非常用としてお湯の取り出し方は分かるので何とかなるだろう、位に考えていた。

水は出ないけど、でかい震度の地震が起きた後、同規模の地震が起きたって例は
聞いた事がなかったので何とか乗り切れるか…と思っていたので
ちょっと安心して酒飲んでた。
気がついたら疲れもあり、そのまま机につっぷしていた。

■2016/04/16(土) AM 1:25 本震

机に突っ伏して寝ていたが、ゴゴゴゴ…と轟音が響き渡り後ろのグラスたちが共鳴し
家全体が激しく揺さぶられる…
寝ぼけていたが、この轟音で一瞬で目が覚める。
しかし激しい揺れで動くことが出来ず(ホントに動けない)
うわあああああああああーーーーーーっと叫んでモノが次々倒れていくのを
見る事しか出来ない。
そのまま寝てたので照明はついていたが、それもすぐ停電。
しばらくして揺れが収まり、気が付くと電気はついていた。
(その大揺れの中でもチビは寝てた…)

呆然として部屋を見渡すと、先日の揺れとは比較にならない惨劇が。

幸い棚は突っ張り棒により全く倒れる事はなかったが(突っ張り棒最強)
一度は生き延びていたグラス類がかなり残念な結果に。
(ただ食器棚のガラスは割れなかったのは幸いだった)

新婚旅行で買ったグラスやガンダムの一番くじのグラスなどが…結構割れていた。
仕方ないか…と思ったが
ガンダムカフェで買った百式のグラスが生き残っていたのは嬉しかった。

一番残念だったのは、小学生の頃から使っていた皿時計が割れてしまった事。
残念ながら修復不可能レベル。


ただ、ドラマ的によくある話なんだけど、止まった時間が1:25。

※5分早くしていました。
正直「うわぁ~まじかよ….」て気分。
あとお酒が1本割れて臭いのなんの。酒は「ダバダ火振」。貴重な酒なのに…

ちょっと(かなり)パニック状態だったが1:45に実家に電話かける。
実家でも揺れを感じて驚いて起きていたとの事。
掛けたらすぐ電話に出た。とりあえず無事を連絡する。

今考えるとよくつながったものだと…


あとから聞いたが相当焦っていた話しぶりだったとの事。
全然覚えてない…まあ実際そうだったし。

そうしてるうちに、とりあえず貴重品を集め車に一旦避難しようという事に。
バッグもってこようと2Fに上がると2Fもかなりの惨劇になってる。
うわぁ…ガンダムグッズたくさん落ちてる。
でも棚も倒れて無い…(突っ張り棒最強)

よく耐えた、と思いながら準備して車に乗り込。

とりあえず寝ようとするが、なんせ体勢が悪いしこれからの事を考えると
なかなか眠りにくい。そうこうしつつも何とか寝ようと努力するが、
やっぱ余震続くのでなかなか眠れなかった。

周りが明るくなり、目が覚めたのてとりあえず家に戻り内部の状況の再確認を行う。
1Fはグラス棚からグラスが散乱、食器棚は奇跡的に無事、というか台所方面はほぼ無傷。
→揺れの方向と扉の向きが良かった。
冷蔵庫が僅かに動いてるが問題なし。冷蔵庫は突っ張り棒してなかった。
2Fは…ガンダムやら漫画がウバァーって感じ。
ただ、本棚にぎっしり詰めている所は落ちていなかった。
なるほど、と妙に感心した事を覚えている。
他、2Fのテレビが台から落ちていたり(幸い壊れなかった)
なぜか部屋の天井の照明カバーがすとんと落ちてた。

さてこれからどうするか~っと、ぼーっと考えてとりあえずTVをつける。
すると、地デジは番組流しながらデータ放送で地震に関する情報や
給水情報などを流している。
地デジって便利だな…と改めて思う次第。

そうしてると、近くの小学校に自衛隊の給水車が来てるとの情報。
宮崎の都城の自衛隊の車だったと思う。
あんなところから来てくれたのかと思い給水してもらった。
とりあえず2日位は大丈夫かと一安心。
→風呂の水がある事、最悪太陽光発電のエコキュートがあるので(200L)。

水で困るのは食器などを洗う事が簡単に出来ない事もなのだが一番はトイレだった。
溜まったものを自動で流せないので手動で流して水入れて流して溜める、って作業をしないといけない。
その時、下水から戻ってくる臭いが非常に臭い。
すごい刺激臭。これが結構きつかった。→その後消臭スプレー購入
よく考えると下水は生きてたという事は大きい。死んでたら使う事も出来ない訳だし。

その後、自宅でまず安心したスペース確保せねば、という事で
割れたグラス類の片付けを実施。
酒の被害もあったので結構かかり、4~5h位かけてなんとか完了。
その間に足の裏に数か所ガラスが刺さって怪我してた。
(正確には昨晩の地震後から怪我してたっぽい)
一旦片付けを行い、余震に備えて再び割れそうなものは
別の所に避難して居住スペースを確保。
晩飯食って就寝。晩飯はカレーにしたが、レトルトのサ〇ウのごはんがかなり旨いことに衝撃。
昔(10年以上前)食べた時はレトルトパックの臭さが染み付いてて
食べられるもんじゃないと思っていたが、今はすごいレベルだった。
ヨメはまだ余震が怖いとの事で車中泊。
俺は家の中で座椅子で寝て非常に備える事とした。
というか車は狭くて無理。

※画像はYahooの地震情報から抜粋しました。

■2016/04/17(日)

余震は続くものの、とりあえずの生活基盤は確保出来そうかと思いはじめる。
やっぱ水が厳しいからそこだけはなんとかしないとと考えつつ、
食料に変化もつけたい。それなりに確保はできてるが機会があったら買うように考えて行動
(だいたいみんな考える事は一緒なんだけどね)。

まず水貰ってこよう、という事で小学校へ。
今日の給水車は広島の呉市のものだった。その後の給水車も広島市やら延岡やら各地からやってきていた。
非常にありがたい。給水の列に並び無事に水をもらう。
その後、近くのコンビニあいてないかとか自転車で探索しに行く。


コンビニのシャッターが閉まってるめったに見られない光景やら
店舗によっては早々に空いてるが、でも商品は無いとか入店制限行ってるとか。
とりあえず並んで必要そうなものがないかを物色してちょこちょこ買う。
まぁすでに荒らされていて殆どないんだが。
とか言いつつ色々探しまわってると、ホームセンターが店舗の前でテントを開いて
商品売ってた。何売ってるのか確認しにいくとビニールシートとポリ缶(青)。
ポリ缶は本来灯油用とかそういうやつだが、水溜めるには必須や!と閃いて速攻並んで入手。
ヨメには飲水には使えないとかグダグダ後から言われたが死ぬもんじゃないし
他に使い道ああるから問題ない。

塀と瓦が崩壊

基本的な水の確保は出来た。しばらくトイレもOK。でも洗濯物がたまる、
やっぱ風呂入りたいわーとか考える様になる。
TVで、植木のほうは温泉を無料で開放とか色々いってるので
「北のほうは水が出てるから大丈夫なんだ!」という事に気がつく。
という事で、TVに出てる温泉に入りに行く事を計画。
あまり行ったことないのでナビ頼りにTVで言われてる所を目指す事にした。
道中、325号線を北上すると、道の駅旭志の前で道路が
波打っていた。ちょっとビビりながらもみんな通ってるからとりあえず大丈夫なんだろ、
と話ながら温泉地へ向かう。

目的近くになると….なんだか渋滞してる。まさか…と思ったが
結局考える事はみんな同じ。お風呂を目的に向かっているわけだ。
これは…と思い、別に無料じゃなくてもいいからどっか探そう、と急遽方針転換。某温泉にたどり着く。
受付というか待合室というか、すでに人で溢れている。
16時頃だったがちと多いな…と思いながらとりあえずチビ連れて男湯に向かう。
男湯は、多少は洗い場で待つ事になったがそれでもすんなり行けて30分位で切り上げる。
上がってヨメを待つがなかなか出てこない…
なんでだろうと思っていたが、女性のほうはすごい渋滞だったらしい。
洗い場に入るまでに20分位の待ち状態だったとか。
結局30分以上待たされた。
こんな展開読めないわ…
ただまあ風呂に入れたのは精神的にも良かった。

その後、今度はコインランドリーで洗濯をする為に菊池市へ移動。
移動しながら途中を見てるとやっぱりブルーシートがかかった家、
閉まってるマックなどが見える。寂しそうにドナルドが座ってる。

歩道も亀裂が入り段差ができる。

無事コインランドリーについて洗濯。ちょっと予想外だったのが近くのスーパーが営業していた事。
マジかと思って入ると、それなりに商品がある事を確認。
すぐ近くにコンビニもあり、そこに入るとカップ麺も残っていたりとまさに「盲点」。
郊外?までいけば100%ではないが必要そうなものが手に入れられる事を確認出来た。

まったくもって震災初体験の為、身近でどうにかならないか、という事ばかりを考えてしまい
外に目を向けるという事まで発想が至らなかった。ほんと思考停止。
温泉に行かなければこういう事の思考も出なかったと思う。

要は、今の日本なら、ある程度のインフラは整っているので
被災地ど真ん中でもない限り少し外に出ればなんとでもなるという事。
出るための情報は必要だが。

■2016/04/18~04/28

基本的には部屋の片づけやら水の調達、周囲の確認、家の損壊状況確認を行っていた。
水がきちんと出るまで2週間くらいかかり、非常に苦労した。
ただし電気が通っていたのは非常に助かった(太陽光発電でもあったし)。
冷蔵庫は偉大だ。

■その他起きた事

●チビの様子がおかしくなった
・ずっと家だったもんだからストレスが溜まっているみたいで、癇癪起こして泣き出す事が2回。
それまでは聞き分けよかったんだが…久しぶりにおかしくなったという感じでかなりびっくりした。
公園で遊ばせたくても避難場所になっていて車が止められており、とてもじゃないが無理だった。

・地震モノマネしだす
「ほーっ、ほーっ、ほーっ、じしんです、じしんです!」と携帯のマネする。
アレンジバージョンも有り。
でもこれは、こういう事をする事で自分の中で消化する現象の一つらしい。
無理して規制するのではなくほとぼり覚めるまでさせておく必要があるらしい。
結局このへんは、保育園に行きだしたり、公園に連れて行ったりする事で少しずつ改善していった。

●GWに差し掛かり高速に乗ったのだが
当時報道してた通り、高速道路も壊滅的にダメージを受けており修復に時間が
かかっていた。そうこうしてようやく片側1車線開通した時に高速に乗ったのだが
片側1車線の道は通行規制の為「渋滞」より悪い「停滞」という状態に。
再び地震が起きてダメージを受けそうな所を確認しながら走らせるためそのような事になっていた。
(その「停滞」した部分が、ホントに激しい震源地であったようだ)

実際道を走ると、うねりまくる道、横を見ると割れてる、ずれてる、穴あいてる。
とても高速とは思えない。


遠くを見るとナナメになってる電柱、ビニールシートがかかってる家々。


倒れている墓石。熊本の料金所は屋根が崩落してる。
阿蘇方面行きの出口は通行禁止になっていた。

■個人的に震災生活で必要だと思ったもの一覧

・水を貯める入れ物
ポリ缶、蛇口つきのやつ←すごく小さいやつは役に立たない。
10Lクラスのキャンプ用の大きい折りたたみ式が良い。20Lだと重すぎる。
・使い捨て食器類
紙皿、割り箸、使い捨てスプーン、紙コップ、サランラップ(繰り返し使う為に)
ウェットティッシュ、普通のティッシュ
・インスタント食料
カップ麺最適。袋麺は容器が必要なので使えない(使うのは控えた)。
レンチンの米は十分美味しかった
ただし、パニックになると食料は必要量がわからなくなるので
ホントにその数量が必要か、は、きちんと判断すべき。
缶詰は、食べたあとの空き缶の処理が難しそうだったので最終的には手を付けなかった。
電気が生きてたから冷凍食品は非常に重宝した。
冷凍食品の焼き魚美味しい。
・飲み水
・手袋、スリッパ ←ガラス類の処分には必須。革手袋が好ましい。
・毛布などの暖を取るもの。銀色のやつとか。100均にもある。
・ゴミ袋(燃えるもの)
結局家を片付けて分別しても燃えるものしか持って行かなくなったけど。
・懐中電灯類、今は100均でいいものがたくさん売ってる。
・携帯の充電器類
・車にガソリン
ただし、出る予定がない、近くのスタンドが営業してる、という場合は頃合いを見てもいいかも。
直後は給油ですごい渋滞になるから。

・使ってないけど→結局電気が来てたので
カセットコンロ、ボンベ
テント類→野外生活になった場合必要になりそう。実際庭にテント張ってる家もたくさん見た。
・簡易トイレ

あと、初動が重要
1回目起きたあと、すぐコンビニとかに走ってカップ麺とかガソリン供給とかそういう事をする必要があった。
まあ、普通思いつかないし、2回発生するとも思わなかったから…

という事で、大分端折りましたが約2週間に分かった震災生活は終了しました。
家も無事、それなりな環境だったので何も準備してなくても正直この程度で
すみましたが、いざ、という時は全く予想が出来ないタイミングでやってきます。
特に時間が経つと当時の危機感は薄れて完全に油断してしまいます。
こういう時こそ再び「あの時は大変だった」と思い出して
気を引き締める必要があると思います。

こんな事2度と体験したくない、と思いつつ
また発生したら絶対もっと上手くできる、とも思いつつ。

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